SPIKE

映像作家スパイク・ジョーンズ

スパイクジョーンズといえばオシャレで柔らかいタッチの
技巧的には見えないけど、実が超凝った映像を作っているという印象。

 

ただ、彼の本質をとらえるとそこら変は、作家性というよりは手癖の一つであって
実は思想性とあまり関係ない気がしている。

ただ、なぜか急に彼の考えにシンパシーを感じ取ることがあったので、
僕なりのスパイクの哲学というのを考えてみた。
彼の作品を宮台真司さんは
「希薄になった人間関係とは関係なくそれぞれに濃密な人生があることを描いている」
と評していたけど。
実は、それも彼の持っている資質であって、彼のモチベーションそのものは何かと考えてみた。

彼は繊細なタッチの映像を作っている反面で「ジャッカス」シリーズに関わってもいる。
これは、無鉄砲なスケーターたちが下品でとんでもないことをやっているので、
一見、なぜ??と思う。
ただ、、ここで重要なのは彼自身が出演はしていないということにある気がする。
つまり、ジャッカスで行われておることは願望であって、
彼は、映像としてそれらを収めることができるなら、それは実際の世界で行うよりも

はるかにスッキリできるってことだと思う。

これはすべての作品を通して見えることで、どれも彼の願望なのだろう。

僕はよくユニクロみたいに整理整頓された店に買い物に行くと、
この店を無茶苦茶にぶっ壊してしてやりたい!と思う。

街を一望できる屋上に行くと、ここからドライバーで打ったら、あのビルにホールインワンできるかな。
とか、

また、表参道ヒルズのような螺旋状の建物で誰もいなくなったときに、

マウンテンバイクで全速力で突っ走ってみたいなぁ、、、、、とかとか
そんな妄想に取り付かれているが、

彼の作品にはそういった僕のような願望がズバリ描かれている。
「her」で主人公を演じたホアキン・フェニックスは「セオドアはスパイクだ」と明言しているし、
名作と言われているFatboy Slim - Weapon Of ChoiceのMVも
クリストファーウォーケンはスパイク自身なのだと思えば、理解度が高まる。
僕も本屋でアルバイトをしている時に、誰もいない店内を台車で走ったりしたけど、
自意識が邪魔をしていて恥ずかしくなって、「映像だったらもっとうまくできるのに」と思った。

ちなみに映画作品だと、そういった破壊願望とか欲求だけでなく、
複雑な人生観や恋愛観などが見て取れるが

それらの根源にあるのは、この世界をぶち壊してやりやいという

草食男子的な破壊願望と、それらを許容する世界(内面世界)と許容できない世界(実社会)のせめぎ合いなのだと思う。特に、「adaptation」「かいじゅうたちのいるところ」は顕著だけど。
「her」の前半までのプロットもAIとの恋愛という妄想で展開されている。
 

サーファーは海を掻き分けて水面(非日常)を滑るが、
スケーターは街を掻き分けて道路(日常)を滑る。

日常に即した破壊こそ、彼の妄想する世界なのだろう。

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