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「ホドロフスキーのDUNE」を観た。

面白かった!

ホドロフスキー曰く「魂の戦士」を集めていく過程は

まるで「七人の侍」。

また、色々と規格外なことを企んでいたようで

ホントに見たかったなぁ…としみじみ思ってしまった。

 

 

特に感じたのは、この人はやはり「アート映画」と「娯楽映画」のハイブリットだなと言うこと。

よく言う「芸術映画」のことではなく

「実験映画」と言われているジャンルです。

例えば、「DUNE」の企画が頓挫した理由として

上映時間が12時間を予定していたといっていたり、

観るLSDだと言っていますが、

それは当時のエクスパンデッドシネマ(拡張映画)と言われているジャンルやなどに見られる手法なんですね。

その他にも実験映画における重要人物にあげられるアンディ・ウォーホルの代表作、「エンパイア」という映画は上映時間が八時間を超えます。

また、ミック・ジャガーの起用はケネス・アンガーを思い起こします。

そしてみんなが凄い凄いと言っていたオープニングシーンも

イームズの「パワーズ・オブ・テン」の丸パクリ。

メカスの映画にはダリが出てくる。

また、当時はCGが出始めの頃で今のようにCGを現実の模倣として使う感覚はなく、割りと実験映画やサイケカルチャーと近い距離にありました。

ジョーダン・ベルソン、ホイットニー兄弟辺りをググると完成度が高くて面白い映像見れます。

当時ヨーロッパにいたそうですが、そういった

アメリカのアンダーグラウンド映画に

非常に高い関心を持っていたようですね。

…にも関わらず、やろうとしていることは完全に娯楽映画である。

そこが少しデヴィッド・リンチ辺りとは違うな…と感じました。

というかリンチは実験映画作家でもあるので、

もっと古典の実験映画が好きみたいですね。

 

だけど、じゃあ…タランティーノ的な

サンプリング感覚がホドロフスキーにあるかというと

それは全く別で、彼自身の語りたいこと、見せたい世界というのが

まず念頭にあって、それを視覚的に表現しようとしていくと

結果的にそういった革新的視覚表現を

取り込んでしまっていたということなんですよね。

だからこそ、次世代である才能を発掘できたんだと思います。
 

ホドロフスキーって、

感覚的に言うと、寺山修司や園子温みたいな感じでしょうか。

園子温は明らかに寺山修司や大林宣彦とかの実験映画世代の継承者でありながらも、映画としてはもう完全に娯楽映画であり、モチーフ的なものメタファー的なものを取り除いて、骨格だけにしたら、

絶対にちゃんとしたスリラーであったり、家族ものだったりになり得るのに、

その監督らしい芸術的センスと、娯楽性に富んだ豊かなストーリーと語り口、

そして、アホなのか!?という無茶苦茶さ。

 

正直、SF映画にはあんまり興味がない自分にとっては

あまりぴんとこない題材だったけど、

この映画で見れた「DUNE」はMTV以前、ビデオアート以前の

かつての実験映画に思いを馳せる自分にとっては

ご馳走だった。

 

とんでも無いSF映画を計画していたホドロフスキーには

ほんとに敬意を払いたい。

 

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