「ブギーナイツ」的な思い出の話。

恩を仇で返す事になった苦い思い出の話。

5年ほど前だろうか、アダルトビデオ関係の仕事をしていた時がある。

知人の方の紹介だったけど、非常に居心地もよかったけど、

そこが実質倒産状態になり、事務所をたたんだ。

その後、社長が奥さんと一緒にやっていて、そこからしばらく僕が手伝いをしていた時期があった。その時は、ほんとにいろんなことを教わり、常識的な部分から、人格形成に至るまで大きな影響を受け、人間らしくしていただいたと思っているのです。「ブギーナイツ」でいうところのポルノ監督と女優の主人公が擬似家族化していったように、頼れる父と母のいない僕にとってはまさにそんな擬似家族みたいな感じの存在だったと思います。もともと劇団の役者だった社長は非常に趣味がよくで、カメラのこととか映画のこととか音楽のことなど非常に大きく影響を受け、また奥様も料理が上手で手先が起用で絵画をしていたり非常に素敵な方で、人柄も旦那思いの優しい方でした。今は普通にロバート・アルトマンみたいな映画が好きなんて言ってますが、ここで教えてもらいましたし、たまにアジアン家具を欲しがったりするのもこの影響です。(ちなみに、「ブギーナイツ」や「マグノリア」もアルトマンのフォロワー作品)

 

ただ、その頃ろくに仕事もせずに何をしているのか!と当時付き合っていた

女性に振られて、更に祖父も体調を崩しており、いつまでも就職せずにいるのが怖くなり、就職活動もしていて、なんとか決まった就職のためそこを後にしました…

 

ちゃんとした引き継ぎもちゃんとできなかったんだけど、

仕事が始まってもすぐに来れるだろうと思ったら、甘かった。

この会社が、トンデモなく徹夜で週に一度は2,3日は平気で帰れなくなってしまうような"超"がつくほどのブラック企業だったのです。

だから、当然もうキリキリ舞いに働かされ、よくわからない映像をつくるため毎日毎日はたらきました。その為か、僅か半年程度しかいなかったにも関わらず、インフルエンザや腸炎やら、よくわからない病気にかかりながらも殆ど休むこと無くはたらきました。

そんな状況ですから、できなかった引き継ぎのこともだらだらと放置するは目になり、顔合わせできないような状況になり、結果大切な恩師であるにも関わらず恩を仇で返す形になってしまいました。

そして、その会社も僕の入社後に3.11で震災の影響を受け

更に仕事が少なくなって、その数カ月後に倒産。

(この頃暇ができたのでモー研というのをやってました)

 

そして、その後また別の映像制作会社に拾って頂き就職したのでした。

ちなみに、その転職先の会社の社長も非常に面白い方でしたが、

そこでもまた恩を仇で返す形になってしまいました…

それはまた別の話。

くだらない身の上話でした、失礼失礼。

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